東京ローズの真実
第二段です。

彼女は裁判にかけられた際も、
アメリカへの忠誠心のため、アメリカ国籍を放棄しなかった。
皮肉なことにその忠誠心が悲劇を招いたのである。
もし日本国籍を取得していればアメリカで裁判に
かけられることはなかったのです。

カズンズは裁判で証言する際、
アイバの不利になるようなことは述べず、
彼女は自分(カズンズ)の書いた原稿を読んだだけであり
連合国側に対する忠誠心を欠くような行為をしていたとは思わないと
主張した。

偽証をしたのはラジオ東京の上司、ジョージ満塩と沖健吉だった。
二人ともアメリカで生まれ教育を受けていたが日本の国籍を取得していた。沖はアイバが「太平洋の孤児さんたち、あなたたちは本当の孤児になったのよ」と呼びかけ、「船が沈んでしまったのに、どうやってお国に帰るつもりなの」と放送しているのを聞いたと証言した。
二人は口を揃えてアイバがこのような文句を自分用の放送原稿としてタイプしているのを見たと証言した。

有罪の評決は驚くほど厳しいものだった。しかしアイバはつらいとも悲しいとも決して思うまいと心に決めた。「わたしは、最終的には真実が勝つ、という信念を失いませんでした」と彼女は言う。

1974年米国日系市民協会(JACL)が「アイバ戸栗 虚構の犠牲者」というパンフレットを出版し配布した。政界や人権運動の多くの指導者たちは支持を表明してくれた。やがて「シカゴ・トリビューン」紙の東京特派員、ロナルド・イェーツが偽証によって有罪を宣告されたというアイバの主張を検証したうえで、二回にわたって特集記事を同紙に発表し、話題になった。
1976年 S・I・ハヤカワがカリフォルニア代表として上院に当選し、選挙後にフォード大統領と会見したハヤカワはアイバの特赦問題に力を入れていることを大統領に語り、1977年1月19日フォード大統領は、
大統領の任期の最終日にハヤカワに、アイバの特赦に署名したと伝えた。

アイバにとって最もうれしいことは、彼女が選挙権その他のアメリカ市民としての権利を再び行使できるようになったことである。
しかし彼女にとっておなじくらいうれしかったのは家族がずっと彼女の無罪を信じてくれていたことが間違いではなかったことが証明された点である。「家族はわたしの問題でとても苦しんだち違いないのですが、だれも決してそのことを口に出しはしませんでした。でもわたしには、みんなどんなに辛い思いをしていたかということがよくわかっていたのです」。

国の情報操作の始まりと言われている、
東京ローズ事件・・

彼女は、時代の歯車に巻き込まれ、
数奇な人生を送った人の一人でしょう。

国の情報操作ということが当たり前に行われている
現在、彼女のような被害者を出さないことを願っています。




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